延命寺について

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延命寺概要

宗派 天台宗
宗祖 伝教大師最澄
総本山 比叡山延暦寺
延命寺本尊 延命地蔵菩薩
経典 法華経、阿弥陀経、そのほか大乗経典
宗風 朝法華、夕念佛
教義 一乗の教えによって万物すべてが成仏できることを確信すること
草木悉皆成仏
(すべての生命は成仏することができる)
名称 寶龍山 延命寺
礼所 知多四国4番礼所
所在地 〒474-0023
愛知県大府市大東町1丁目279
TEL/FAX 0562-46-0544/0562-57-7115
開創 平安時代

縁起

開山は、盛祐上人(じょうゆうしょうにん)と言われる。
寺家六坊を有していたが、大永年中に消失し、比叡山より慶済法印が来られて、中興開山とし再建された。
室町時代には勅願所となり、後奈良天皇より寶龍山の口宣案と勅額をいただく。
戦国時代に入り、梶川五右衛門(横根城主)、水野惣兵衛(緒川城主)等の支援を受け、ますます発展した。
現在は、本堂、客殿、文殊楼門(山門)、庫裏(くり)、茶室などの建物があり、愛知県指定・大府市指定の文化財を多数有している。

江戸末期の境内図

全景(航空写真)

主な支援活動

[タイ]プラティープ財団への支援

[バンコク]スラムの子供への支援

[インド]禅定林「子供の家」の支援

知多四国四番礼所

延命寺は知多四国四番礼所でございます。

知多四国めぐりについて。

略縁起
今からおよそ1200年ほど前、弘仁5年(814)、弘法大師が諸国行脚(あんぎゃ)の途中、三河から舟路で知多半島の大井聖崎(ひじりざき)に御上陸され、同地医王寺(いおうじ)、山海岩屋寺(いわやじ)に御留錫(ごりゅうしゃく)、護摩修法(ごましゅうほう)され、のち北上されて伊勢路に向かわれたという。

時うつり、文化6年(1809)、知多市古見の妙楽寺(みょうらくじ)十三世、亮山阿闍梨(りょうざんあじゃり)が弘法大師の夢のお告げにより発願。四国に巡拝を重ねられ、岡戸半蔵(おかどはんぞう)・武田安兵衛(たけだやすべえ)両行者の協力を得て、知多四国霊場が開創されました。

以来、年を重ねるごとに弘法大師の御霊徳(ごれいとく)を慕う人が、広く全国から押し寄せるようになりました。また、数々の霊験談(れいげんだん)も後を絶ちません。
知多半島では訪れる巡拝者のみなさまを「弘法さん」とよび、親しみを込めてお迎えしています。 知多四国を一周する巡拝の旅はいつでも、どこからでもお参りが始められます。

知多四国八十八ヶ所霊場公式ホームページはこちら »

文化財のご案内

後奈良天皇「寶龍山」勅額・口宣案一通

後奈良天皇「寶龍山」勅額
口宣案一通

大府市有形文化財

室町時代

文殊楼門

文殊楼門

大府市有形文化財

江戸時代後期

刺繍普賢菩薩像

刺繍普賢菩薩像

愛知県有形文化財

中国宋末・元初

木造阿弥陀如来坐像

木造阿弥陀如来坐像

大府市有形文化財

平安時代後期

絹本両界曼荼羅 金剛界(左)胎蔵界(右)

絹本両界曼荼羅
金剛界(左)胎蔵界(右)

大府市有形文化財

鎌倉時代

紙本墨書大般若経 延命寺蔵 巻第1の22

紙本墨書大般若経
延命寺蔵 巻第1の22

大府市有形文化財

南北朝〜室町時代

紺紙金泥大般若経

紺紙金泥大般若経

大府市有形文化財

平安時代後期

延命寺中世文書

延命寺中世文書

大府市有形文化財

室町時代〜江戸時代初期

狩野之信 絹本花鳥図

狩野之信 絹本花鳥図

大府市有形文化財

室町時代

狩野永真 三副画

狩野永真 三副画

大府市有形文化財

室町時代

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寶龍山 延命寺

〒474-0023
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